探県記 Vol.40

津和野町郷土館

(2015年9月)

TSUWANOCHO KYODOKAN

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島根県初の郷土歴史博物館として設立。
歴史的な建物の中に、貴重な資料がぎっしり。

 

津和野川に架かる大橋のたもと、歴史的な日本建築が国の登録有形文化財に指定される、津和野町郷土館。妻入の入母屋造赤瓦葺で木造2階建、両側に大きく切妻平屋建を付設して、正面には切妻造の車寄せがある意匠。いかにも歴史的な津和野のまちに似合う堂々とした建物です。
 

津和野町郷土館は、大正10年(1921)、県内初の郷土歴史博物館として設立。吉見・坂崎・亀井の3氏にわたる津和野藩政の歴史資料に加えて、人材育成の基礎を築いた藩校「養老館」に関する資料や、西周(にしあまね)をはじめとする多くの先哲の遺品遺墨、乙女峠のキリシタン殉教関係の資料など、島根県指定文化財を含む数千点が収蔵・展示されています。
 

訪れた日は、「津和野百景図展」の開催期間中。(9月28日で終了)
平成27年の今年、津和野町は、「津和野今昔〜百景図を歩く」というストーリーで、文化庁によって創設された「日本遺産」に認定されました。
 
認定の大きな要因になったのは、津和野百景図。この絵図を手本として、町並みや伝統行事、自然環境を守り伝えてきた津和野町民の暮らしそのものが遺産として認められたのです。
 

津和野百景図を描いた人物のことから
水路を泳ぐ鯉の話まで。

 

では、津和野百景図を描いた人物とは?
津和野藩政時代、お殿様にお仕えして茶室の管理などをしていた「御数寄屋番」という役職の栗本格齋(くりもとかくさい)がその人です。栗本は、絵師というわけではありませんでしたが、若い頃、狩野派の絵を学んだ経験があったのだそう。藩内をめぐり、名所や風俗、食文化や人々の姿などをつぶさにスケッチしたのでしょう。約4年の歳月をかけて、100枚の絵を描き上げ、詳細な解説も加えて編集。こうして「津和野百景図」が完成したのです。
 

「津和野には、幕末に描かれた絵図の風景が、今もそのまま残っています。津和野出身の森鴎外や西周が見ていたのと同じ視点で、津和野の町が歩けるのです」と学芸員さん。
 

「津和野の町といえば、水路を泳ぐ鯉があまりに有名ですよね」と内山キャプテン。
「それは、かつて水路にボウフラが大量にわいてしまった。鯉を放したらボウフラがいなくなったそうなんです」との答え。
 
水路を泳ぐ鯉のルーツまで、教えていただくことができた津和野町郷土館。
観光の際に立ち寄れば、津和野への興味がさらに沸いてくる場所です。
 
 
【アクセスについて】
●津和野町郷土館へのアクセス/JR山口線「津和野駅」から車で約5分
●島根県鹿足郡津和野町森村ロ127
【WEBサイト】津和野町郷土館